2021-03-01から1ヶ月間の記事一覧

積小為大

大事をなそうと思ったら、まず小さなことを怠らず勤めなければならない。小が積もってはじめて大となるのである。 失敗する人の常として、大事をなそうとして小事を怠り、難しいことを心配して、やりやすいことを勤めないから、結局大事をなすことができない…

道を尽くす

二宮金次郎はいいました。 「道を実行することは難しい。道が行われなくなって久しい。才能があっても、カがなかったときは行われないし、 才能や力があっても、徳がなければまた行われない。徳があっても、 位がないときはまた行われないだろう」 そんなこ…

柿を選ぶのにも

若者が数名いた。二宮先生は彼らに諭しておっしゃった。 世の中を見てみなさい。一銭の柿を買うのにも、二銭の梨を買うのにも、芯がまっすぐでキズのないものを選んで取るだろう。また、茶碗ひとつ買うにも、色のいいもの形のよいものを選び撫でてみて、音を…

四万人を救う

二宮金次郎はいいました。私はこのとき駿河国御厨郷で飢民の救済を扱ったことがあったが、すでに米やお金も尽きて方策がない。そこで、郷中の人々に諭していった。「昨年の不作は、ここ六十年の間でも稀なことでした。しかし、普段から農業に精を出し、米麦…

評議が決してから弁当を

駿河国(静岡県)駿東郡は、富士山の麓で、雪水がかかる土地なので、天保七年の凶作 は特にひどかった。そこで、領主の小田原藩主(大久保 忠真)は、江戸において先生に、 米や金の出し方は、家老の大久保に申しつけてある。 小田原に行って、それを受け取るよ…

施しと救済

二宮金次郎はまた、こういいました。前に述べた方法は、ただ救済の良法だけでなく、農業奨励の良法でもある。これを施すときは、一時の困窮を救うだけでなく、怠惰な者をも自然に働き者に変え、知らないうちに仕事を習い覚えさせる。そして、それが習慣とな…

湯船の湯

嘉永五年(一八五二年)正月に、ある人が先生と一緒に入浴したことがあった。そのとき、先生が湯船の縁に座って、その人を諭しておっし ゃった。 世の中、あなたたちのように裕福でありながら、足ることを知らず、利益を食り、不足を訴える者は、たとえば、大…

続、飢饉を救う

二宮金次郎は、また、こういいました。 天保七年(一八三六年)、烏山藩主の依頼によって、同領内に前の方法を大略次のように実施した。 各村に諭して、きわめて困窮している者のうち、力仕事につける者とつけない者の二つ に分け、力仕事につけない老人·幼児·…

飢饉を救う

二宮金次郎はいいました。 私が烏山藩やその他の地で実施した飢離の救済方法だが、まず村々の人たちに諭して、 次のようなことを行った。 飢えと渇きで苦しむ者の中で、老人·幼児·病人など力 仕事が難しい者、またその日の 働きが十分にできない婦女子を残ら…

到達点は一つ

二宮金次郎はいいました。 世の中にある「誠の大道」というのは、ただ一筋ある だけではなかろうか。神道、儒教、 仏教というのは、いずれもみな同じ大道に入る入り口 の名前だといえる。 あるいは天台宗、 真言宗、法華宗、禅宗というのも、同じく入り口の…

己に克つ

二宮金次郎はいいました。 天理と人道との違いを、よく弁別できる人はあまりい ない。身体があれば、欲がある。 これは、天の理に他ならない。田畑に雑草が生えるの と同じだ。防は崩れ、堀は埋まり 橋は老朽化する。これも天の理だ しかし、人道は、私欲を…

勝手気ままのままでは

二宮金次郎はいいました。 人の道とは、人がつくったものであり、自然に行われ る天理とはまったく違っていると いうことは先に述べた通りだ。天の理とは、たとえば 春は生じ、秋は枯れ、火は乾いたと ころにつき、水は低いところに流れる、というように 昼…

人道は水車のごとし

二宮金次郎はいいました。 人の道は、たとえてみれば水車のようなものだ。その 形の半分は水流に従い、もう半分 は水流に逆らって回転する。全体が水中に入れば、回 らないで流されるだろう。また、水 から離れたら回るはずがない。仏教において高徳の僧 が…

天の理と人の理

二宮金次郎はいいました。 世界はくるくるまわり、止むことがない。 寒さが去れば暑さが来て、暑さが去れば寒さが来る。 夜が明ければ昼となり、昼になれば夜がくる。 生まれた子どもは刻々と年を取り、築いた堤防は時を刻むごとにくずれ、ほった堀は日々夜…

報徳元恕金

こんにちは へこみんです 前回は五常講についてお話しましたが、今回は、報徳元恕金というものについてお話します。 金次郎は桜町の復興のめどがついた際に、小田原藩主大久保忠真から褒美をもらうことになりました。 しかし、金次郎はその褒美をうけとりま…