四万人を救う

二宮金次郎はいいました。
私はこのとき駿河国御厨郷で飢民の救済を扱ったことがあったが、すでに米やお金も尽きて方策がない。そこで、郷中の人々に諭していった。
「昨年の不作は、ここ六十年の間でも稀なことでした。しかし、普段から農業に精を出し、米麦の余分をつくっている心がけのよい者は、さしつかえはないでしょう。今飢えに困っている者は、その多くは普段から仕事を怠けて米麦の収穫が少なく、遊びや博打を好み、飲酒に耽り、身を持ち崩し、無法なことをして心がけのよくない者なので、今の飢えの苦しみは天罰といっていいでしょう。したがって救済しなくてもよいような者なのですが、乞食になる者を見てみなさい。彼らは、無法なことや悪い行いをして、ついに住んでいた土地を離れて、乞食をするようになった者も多いのだから、強く非難されても仕方のない人たちです。しかし、こんな人たちでさえ、憐れんでお金や一握りの食べ物を恵んでやるのが、世間の通例です一方、今飢え苦しんでい 同じ風に吹かれ、吉凶·葬祭ともに助け合ってきた因縁 浅からぬ人たちですから、これを 見捨てて救済しないなどということはできません。 そこで今、私は飢えに困っている人たちのために、無利息十カ年賦のお金を貸して救済 しようと考えています。しかし、飢えに困るほどの人たちは、ひどい困窟をしていると思うので、今飢え苦しんでいる人たちは、返納はできないでしょう。 よって、来年から救済を受けなくてもさしつかえない者は、乞食に施してやると思って お金を十文または二十文出してやりなさい。そんなに 余裕がなければ、七文でも五文でもよろしい。

来年豊年になったら、天下は豊かになるでしょう。御厨郷だけが乞食に施しをしなくても、国中の乞食が飢えることはないでしょう。乞食に施す米やお金でもって無利息金の返納を補ってやれば、損をせずに飢民を救うことができます。これは両方ともにうまくいく 道ではありませんか」 こんなふうに諭すと、村の者一同ありがたく感じ、承諾した。よって、役所から無利息金を十カ年賦で貸し渡して、大いに救済することがで きた。これによって、余裕のある者 の中で一銭の損をした者はなく、飢えに苦しむ者も一 人としてなく、安心して飢箇を免れることができた。
このとき、小田原領だけで救済した人の数を、村々から書き上げて調べたところ、四万三百九十余人に及んだ。