己に克つ

二宮金次郎はいいました。 天理と人道との違いを、よく弁別できる人はあまりい ない。身体があれば、欲がある。 これは、天の理に他ならない。田畑に雑草が生えるの と同じだ。防は崩れ、堀は埋まり 橋は老朽化する。これも天の理だ しかし、人道は、私欲を抑えるのを道とし、田畑の雑 草を取り除くことを道とし、堤防は築き、堀は泥をさらい、橋は架け替えることをもって道とする。 このように天理と人道とは、まったく別ものである。 だから、天理はいつまでも変化がないが、人道は一日怠れば、たちまち崩れてしまう。 それゆえ、人道は勤めることを尊び自然に任せることを尊ばないのだ。人道において励むべきことは、「己に克つ」教えであ る。 己の中には、私欲がある。私欲は田畑にたとえれば、 雑草だ。「克つ」とは、この田畑 に生える雑草を取り除くことをいう。したがって己に克つというのは、自分の心の田畑に生える草を取り除いて、自分の心の米や麦を繁茂 させることに励むことなのである。これを人の道というのだ。「論語」に 「己に克ちて札に復る」とあるのは、このことであろう。